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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2590号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  控訴人が被控訴人高等学校の教諭の地位にあることを確認する。

3  被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙賃金表(一)の金額欄記載の各金員及びこれに対する同表の請求期日欄記載の各期日の翌日からいずれも支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決二枚目表七行目の次に改行のうえ、次のとおり付加する。

「なお、控訴人の地位は、形式的には講師である。しかし、(1) 学校設置者(学校法人)は、相当数の教員を学校に置かねばならないところ(学校教育法七条)、右教員は原則として教諭であるべきであり(同法五〇条一項)、例外的に特別の事情(同法施行規則五六条に基づく文部省令「高等学校設置基準」一〇条。以下右の基準を「高等学校設置基準」という。)があるときに限って、これを助教諭又は講師に代えることができるものであること(同法五〇条四項)、及び(2) 被控訴人は、昭和五八年開校の新設校であるところ、同五八年度、同五九年度及び同六〇年度の被控訴人の生徒数に対応する高等学校設置基準による最低の法定教諭数は、それぞれ一六名、三三名、五一名であるのに対し、右各年度の被控訴人の現実の教諭数は、それぞれ一六名、一七名、三〇名であること、さらに(3) 控訴人を含めた同五九年度採用の新任教師二一名は、教諭として任命された一名を除く二〇名全員が講師とされたが、いずれも普通教員免許を持つ教諭資格者であるし、校務分掌(同法施行規則六五条、二二条の二)や部活顧問も受け持ってきたもので、実質的に教諭と同じ活動をしてきたのであるから、控訴人を講師に位置づけておかなければならない特別の事情も存在しないこと、以上の事実に鑑みれば、被控訴人には控訴人を教諭として取り扱うべき学校教育法上の義務があるものというべきである。」

2  同二枚目裏八行目の「同2の」の次に「前段の」を、一一行目冒頭に「同2の後段の主張は争う。」を、一二行目末尾に左記のとおり、それぞれ付加する。

「控訴人の主張は、次のとおり、学校教育法上の教諭及び講師と被控訴人における雇用契約上の種別である教諭乃び講師とを混同したものであり、正当ではない。(1) 学校教育法上の教諭と講師との間には資格や従事する職務上の差異はなく、勤務態様に差異があるだけであり、講師は常勤を義務づけられないが、そのような定めのない教諭は常勤が義務づけられているから、雇用契約上は講師であっても、常勤が義務づけられている常勤講師は学校教育法上の教諭と評価すべきであり、高等学校設置基準による法定教諭数には、雇用契約上の教諭のみならず常勤講師をも含んで計算すべきである。(2) 被控訴人は、昭和五九年四月に控訴人を含む二〇名の教員を一年契約の常勤講師として採用したが、同人らは学校教育法及び高等学校設置基準においては教諭として取り扱われる者であるから、被控訴人に法律違反の事実はない。(3) 学校教育法等に規定される教諭や講師と私立学校の雇用種別である教諭や講師とは別の範疇に属するものであり、被控訴人が学校教育法上控訴人を教諭として取り扱う義務があったとしても、これをもって雇用契約上も控訴人を教諭として処遇する義務まで負うものではない。」

3  同三枚目裏一行目末尾に次のとおり付加する。

「また、仮に一年の期間の定めが有効であるとしても、右の期間の定めは「期間の定めなき労働契約における労働者の不適格性を理由とする解約権の留保」すなわち労働契約における試用期間の定めと解すべきである。そうだとすれば、被控訴人が本件契約の更新を拒絶するためには、右不適格性についての主張立証をすべきことになるが、右主張立証はされていない。」

4  同四枚目表八行目の次に、改行のうえ次のとおり付加する。

「控訴人は、被控訴人との採用面接において、被控訴人より本件契約が一年の期限付契約である旨の説明を受け、これを了承して一年の期限付の本件契約を締結したものである。」

5  同四枚目裏六行目の「剛建」を「剛健」と訂正する。

6  同五枚目裏四行目の「有り方」を「あり方」と訂正する。

7  同六枚目表二行目の「阿陪」を「阿部」と訂正する。

8  同七枚目表六行目の「記録中の」の次に「原審及び当審の」を付加する。

二  控訴人の再抗弁

仮に本件契約が当初から一年の期限付契約であったとしても、(1) 被控訴人が控訴人の採用につき、試用期間ならばともかく、一年の期限付にする必要性も学校教育法上の合理性も全くなかったこと、(2) 公立学校の教員については、期限付採用は許されていないこと、(3) 私学教員も国公立学校教員と同様に子供の学習権を保障していく公教育の分担者であり(教育基本法六条一項)、教育活動を長期にわたって安定的かつ系統的に行う必要上、教育条件整備の一環として、当然に私学教員の身分も長期かつ安定的に保障する必要があること(同法六条二項)、(4) ILO・ユネスコ「教員の地位に関する勧告」四五項が「教職における雇用の安定及び身分の保障は、教育及び教員の利益にとって不可欠のものであり、学校制度又は学校内の組織に変更があった場合にも保護されるものとする。」旨謳っていることなどからすると、教員の身分を極めて不安定にする一年の期限付契約は、その部分に限り無効と解すべきである。したがって、本件契約は、期限の定めなき労働契約である。

三  控訴人の再抗弁に対する被控訴人の認否

本件契約のうち一年の期限付の部分が無効であるとの控訴人の再抗弁の主張は、争う。

契約自由の原則が適用される私人間の雇用契約においては、一年の期限付契約も、強行法規や公序良俗に違反しない限り、当事者が自由に合意することが許される。労働基準法一四条は、一年以内の期限付雇用契約を認めており、控訴人と被控訴人との一年の期限付雇用の合意は有効である。公立学校においても、臨時教員や期限付講師が広く採用されている。また、教育基本法六条二項は、抽象的に教員の身分の尊重を宣言したもので、教員の期限付雇用契約の効力を否定するものではない。さらに、ILO・ユネスコ「教員の地位に関する勧告」は、批准した国に対して国際的な法的義務を設定する条約と異なり、政府に一定の行動指針を提示するものに止まるものであり、政府が国内法規に具体化しない以上、右勧告を根拠に私人間の合意の効力を否定することはできない。

理由

一  当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決の訂正

(一)  原判決七枚目表九行目の「教員」の次に「(但し、控訴人が常勤講師として採用されたことは、後記認定のとおりである。)」を、一二行目の「青野克彦」の次に「、同藤田直孝」を、同行の「結果」の次に「(後記措信しない部分を除く。)」を、それぞれ付加する。

(二)  同七枚目裏三行目の「一年とする旨」を「一年とすること、及び一年間の勤務状態をみて再雇用するか否かの判定をすることなどにつき」と、九行目の「了承し、」を「了承したうえ前記採用申出を受諾し、同年四月一日付で本校の社会科担当の常勤講師として採用されてその職務に従事し始め、」と、一〇行目の「原告」から一一行目末尾までを「同年四月七日ころに予め被控訴人より交付されていた、「控訴人が同六〇年三月三一日までの一年の期限付の常勤講師として被控訴人に採用される旨の合意が控訴人と被控訴人との間に成立したこと、及び右期限が満了したときは解雇予告その他何らの通知を要せず期限満了の日に当然退職の効果を生ずること」などが記載されている期限付職員契約書(乙第二号証)に自ら署名捺印したことが認められる。」と、それぞれ訂正する。

(三)  同八枚目表一行目の「である」の次に「(なお、本件契約は後記のとおり一年の期間満了とともに当然に終了する期限付の雇用契約と解すべきであるから、これが控訴人の不適格性を理由とする解約権の留保された試用期間付契約であるとの控訴人の主張は、採用することができない。)」を付加する。

(四)  同八枚目裏七行目から八行目にかけての「その余の点についても、同時に」を「右各証拠によれば、昭和五九年四月に被控訴人に」と、一一行目の「前記」から一二行目の「照らし、」までを「前記同内容の期限付職員契約書への署名捺印の手続を了していることが認められることをも併せ考えると、前記期限付職員契約書への署名捺印は形だけのものと言われたのでこれに応じたにすぎない旨の」と、それぞれ訂正する。

2  控訴人の当審における主張について

控訴人は、本件契約が当初から一年の期限付契約であったとしても、右の期限は教員の身分を極めて不安定にするものであるから、右期限の部分に限り無効と解すべきである旨主張する。

しかしながら、(1) 被控訴人は、昭和五八年四月に開設された新設校であって、同五九年四月時点においても、なお大量の教員を採用する必要があったし、控訴人のように教師経験のない者を新規に教員として採用するにあたっては、一年間の勤務状態をみて教員としての適性を吟味したうえで再雇用するか否かの判定をする必要もあったことは、前認定説示のとおりであること、(2) 控訴人は、常勤講師として一年の期限付で採用されること、及び、同六〇年三月三一日に右期間が満了したときには、当然退職の効果が生ずることなどを了承し、そのような趣旨が記載された期限付職員契約書を被控訴人に差し入れていたことも、前認定のとおりであること、(3) 本件契約は従来反覆更新されたことはないし、本校において一年間の期限付常勤講師を経た者を必ず再雇用する慣例が存在しなかったことも、前認定のとおりであること、(4) 控訴人と被控訴人との間の本件契約関係は、私法上の契約関係であるところ、このような私人間の雇用契約については、法律上特に一年の期限付契約も禁止されてはいないこと(民法六二六条及び労働基準法一四条参照。また、公立学校の教員についても、それを必要とする特段の事由が存し、かつ、それが地方公務員法等の法の趣旨に反しない場合には、期限付で任用することが許されるものと解される。)、以上の諸点に鑑みると、本件契約のうち一年の期限付の部分が無効なものであるということはできない。

したがって、本件契約のうち一年の期限付の部分が無効である旨の控訴人の前記主張は採用することができない。

二  結論

よって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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